大竹七未の経歴と現在は?弦巻健人との結婚・離婚、双子の妹との歩みを徹底解説
元女子サッカー日本代表として活躍した大竹七未(おおたけ・なみ)さん。読売ベレーザのフォワードとして数々の実績を残し、ワールドカップやアトランタオリンピックにも出場した、日本女子サッカー界を代表する選手の一人です。
一方、プライベートでは2012年に元Jリーガーの弦巻健人さんと結婚し、2015年には長男を出産。その後、2020年夏に離婚していたことを2022年に公表しました。2026年現在はサッカー解説者・指導者として活動するほか、実業家としても新たなキャリアを築いています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 経歴:13歳で読売ベレーザに入団。L・リーグ通算104得点、日本代表では国際Aマッチ46試合30得点を記録。
- 家族:双子の妹は元女子サッカー選手の大竹夕魅。2012年に弦巻健人さんと結婚し、2015年に長男を出産。
- 離婚:2020年夏に離婚。2022年4月のテレビ出演で公表したが、具体的な離婚理由は明らかにしていない。
- 現在:2026年も女子サッカーの解説や指導に携わり、会社経営や美容関連事業にも取り組んでいる。
【大竹七未はどんな元女子サッカー選手?】プロフィールと旧名・双子の妹との関係
大竹七未さんは、1974年7月30日生まれ、東京都町田市出身の元女子サッカー選手です。2026年10月現在、52歳になります。
現役時代のポジションはフォワード。小学生の頃からサッカーに取り組み、国内リーグで得点を量産しただけでなく、日本代表としても国際大会で活躍しました。
現在の「大竹七未」という名前は、以前の活動名である「大竹奈美」から変更したものです。読み方はいずれも「なみ」。そのため、過去のサッカー記録や資料では大竹奈美という名前が使われている場合もあります。
人物プロフィールを整理すると、次のようになります。
- 名前:大竹七未(おおたけ・なみ)
- 旧名:大竹奈美
- 生年月日:1974年7月30日
- 出身地:東京都町田市
- 現役時代のポジション:フォワード
- 主な所属チーム:読売ベレーザ
- 日本代表成績:国際Aマッチ46試合30得点
- 現役引退:2001年
- 主な肩書き:サッカー解説者、指導者、実業家
所属先の株式会社ティアラ・7のプロフィールでは、選手時代の実績に加え、日本サッカー協会公認B級コーチやJFAアンバサダーとしての活動も紹介されています。
双子の妹・大竹夕魅も元女子サッカー選手
大竹七未さんには、1974年7月30日生まれの双子の妹・大竹夕魅(おおたけ・ゆみ)さんがいます。
妹の夕魅さんも元女子サッカー選手で、姉と同じく幼い頃からサッカーに親しみました。姉妹はともに読売ベレーザに所属した経験を持ち、女子サッカー界で活動してきた経歴があります。
妹の旧名は大竹由美。姉の七未さんと同じく、活動名を変更しています。
また、夕魅さんは元サッカー日本代表の三浦淳寛さんの妻としても知られています。姉妹それぞれがサッカー選手と結婚した時期があったことから、スポーツファンの間でも関心を集めてきました。
2025年8月には、日本テレビ系「踊る!さんま御殿!!」の双子特集に姉妹そろって出演。妹の結婚式で七未さんが妹の代わりにドレス姿で登場し、その後、夕魅さんが「ちょっと待ったー」と登場する演出をしたエピソードを披露しました。
このエピソードからも、二人の息の合った関係がうかがえます。現役を退いた現在も、テレビ番組で姉妹の掛け合いを見られることは、ファンにとって楽しみの一つです。
【読売ベレーザ時代】フォワードとしての実績と日本代表での活躍
大竹七未さんのサッカー人生を語るうえで欠かせないのが、読売ベレーザでの活躍です。
所属先の公式プロフィールによると、8歳でサッカーを始め、13歳だった1987年に双子の妹・夕魅さんとともに読売ベレーザへ入団しました。現在の日テレ・東京ヴェルディベレーザにつながる名門チームです。
得点力を武器にL・リーグで存在感を発揮
七未さんはフォワードとして、ゴール前での得点感覚やドリブルを生かした攻撃を得意としていました。
特に注目すべき記録は、L・リーグで史上初めて通算100得点に到達したことです。最終的なリーグ通算成績は157試合出場104得点。日本女子サッカーの歴史に残るストライカーとして実績を残しました。
1989年にはL・リーグ新人賞を受賞。ベストイレブンにも2度選ばれ、1998年には当時の女子サッカー界では限られていたプロ契約を結んでいます。
日本代表としてワールドカップと五輪に出場
1993年には日本代表に選出され、国内クラブでの活躍を国際舞台へとつなげました。
1995年のスウェーデン女子ワールドカップでは日本代表のベスト8進出を経験。1996年にはアトランタオリンピックにも出場しています。
さらに、1999年のアメリカ女子ワールドカップでは、日本代表が大会で記録した唯一のゴールを決めました。チームの得点源として重要な役割を担っていたことが分かります。
所属先プロフィールに掲載されている主な経歴を時系列でまとめました。
| 時期 | 出来事・実績 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 1987年 | 読売ベレーザ入団 | 13歳で名門クラブへ |
| 1989年 | L・リーグ新人賞 | 若くして実力を評価 |
| 1991年 | U-21日本代表 | 年代別代表で活躍 |
| 1993年 | 日本代表選出 | アジア選手権で銅メダル |
| 1995年 | スウェーデンW杯 | 日本代表のベスト8進出 |
| 1996年 | アトランタオリンピック | 五輪代表として出場 |
| 1998年 | プロ契約 | 女子サッカー選手としてプロの道へ |
| 1999年 | アメリカW杯 | 日本代表唯一のゴールを記録 |
| 2001年 | 現役引退 | 選手生活に区切り |
| 2010年 | 東京国際大学女子サッカー部監督就任 | 本格的に指導者へ転身 |
| 2021年 | ATSサッカークラブ代表就任 | 育成年代のサッカーにも携わる |
成績面では、国際Aマッチ46試合30得点という記録も残しています。L・リーグ通算104得点と合わせると、国内外で高い得点力を発揮した選手だったことが分かります。
これらの記録は、株式会社ティアラ・7の代表者プロフィールや所属タレントの経歴紹介に掲載されています。
現役引退後は指導者として新しい道へ
2001年に現役を引退した大竹さんは、その後もサッカー界から離れませんでした。
2010年には東京国際大学女子サッカー部の監督に就任。チームは2011年に関東大学女子リーグ3部で全勝優勝し、2部へ昇格。翌2012年には2部でも全勝優勝を果たして1部へ進みました。
2013年には創部3年目でインカレ3位という成績も残しています。
選手として自らゴールを奪う立場から、選手の能力を引き出してチームを強くする立場へ。大竹さんのキャリアは、現役時代の実績だけで完結していない点に特徴があります。
【弦巻健人との結婚】2012年の婚約から長男誕生まで
大竹七未さんの結婚相手は、元プロサッカー選手の弦巻健人(つるまき・けんと)さんです。
二人の結婚が明らかになったのは2012年4月25日。大竹さんが自身のオフィシャルブログで婚約を報告しました。
13歳年下の元Jリーガーと婚約
当時、大竹さんは37歳。弦巻さんは24歳で、13歳の年齢差があるカップルとして注目されました。
弦巻さんは当時、J2の松本山雅FCに所属していたサッカー選手です。大竹さんは婚約報告の中で、交際を始めた3年前から変わらず大切に思ってくれる相手の優しさが心の支えになっているという趣旨のコメントを残しています。
結婚日は弦巻さんの誕生日にあたる2012年6月29日。婚約発表から約2か月後に夫婦となりました。
2015年10月18日に長男を出産
結婚から約3年後の2015年5月11日、大竹さんは第1子の妊娠を公表しました。
そして、同年10月18日に男児を出産。41歳で初めての子どもを迎え、母親としての生活が始まりました。
2023年のCHANTO WEBのインタビューでは、出産後に仕事への向き合い方が変化したことを語っています。出産前は早期に指導者へ復帰するつもりだったものの、実際に息子が生まれると、できるだけ一緒に過ごしたいという気持ちが強くなったそうです。
また、監督という仕事は選手や指導内容について常に考える必要があるため、子育てとの両立が難しいと感じていたことも明かしています。
長男の存在は、大竹さんの仕事の選び方や、その後の起業にも影響を与えた大きな転機だったと考えられます。
【2020年夏に離婚】弦巻健人との離婚の経緯と理由は?
大竹七未さんは、弦巻健人さんと結婚してから約8年後の2020年夏に離婚していました。
ただし、離婚した事実が公になったのは2020年ではありません。大竹さんがテレビ番組で離婚を明かしたのは、2022年4月20日放送のフジテレビ系「ホンマでっか!?TV」でした。
離婚を公表したのは2022年4月
2022年4月20日の放送では、芸能界のシングルマザーが集まる企画に出演。司会の明石家さんまさんから離婚について尋ねられ、2020年夏に離婚したことを明かしました。
その際、大竹さんは「全然悲しくない。楽しいです」とコメント。離婚後の生活について前向きな姿勢を見せたことが、翌21日のスポーツニッポンなどで報じられました。
この発言は、離婚後の新しい生活を自分らしく歩んでいることを伝えるものとして注目されました。
離婚理由は公表されている?
検索されることの多い離婚理由については、本人が2020年夏の離婚を公表した際、具体的な原因を詳しく説明したわけではありません。
一方、2018年にはテレビ番組で夫婦間の金銭感覚やコミュニケーションをめぐる悩みが取り上げられたことがあり、一部メディアでも報道されました。
ただし、当時の夫婦間の問題と、2020年夏の離婚を直接結び付ける説明は本人から出ていません。過去に番組で紹介された夫婦のやり取りだけを離婚の決定的な原因とすることはできません。
したがって、現時点で公に確認できるのは、2020年夏に離婚したこと、2022年4月に本人が公表したこと、そして具体的な離婚理由は明らかにされていないことです。
離婚後は長男との生活と仕事を両立
2023年7月のCHANTO WEBのインタビューでは、離婚後の生活についても語っています。
大竹さんは、長男の生活を支える責任を感じながら、子どもと過ごす時間を確保し、生活のための収入も得なければならないという難しさを明かしました。
長男はサッカーが大好きで、幼稚園の年長時代には七夕の短冊に「サッカーの日本代表選手になりたい」と書いていたそうです。
大竹さん自身も息子の夢を応援するため、練習の送り迎えや試合の応援をしていると話しています。
注目したいのは、離婚後の生活を単に家庭環境の変化として捉えるのではなく、仕事と子育ての時間配分を見直すきっかけとしている点です。監督業に専念するのではなく、子どもと過ごす時間を確保できる働き方を模索していきました。
【2026年現在】大竹七未は何をしている?サッカー解説者・指導者から実業家へ
2026年現在の大竹七未さんは、元女子サッカー日本代表という経験を生かし、サッカー解説や指導、事業経営など複数の分野で活動しています。
女子サッカーの解説者として現役代表を分析
大竹さんは、テレビやスポーツメディアなどで女子サッカーの試合を解説しています。
2026年9月30日には、フットボールチャンネルのインタビューで、アジア競技大会のなでしこジャパンと韓国代表の試合を分析。試合の流れや中盤の役割、攻撃の連係について具体的に解説しました。
さらに10月3日には、北朝鮮代表との決勝を振り返るインタビューにも登場しています。日本代表の攻撃や守備、選手の技術、今後の女子サッカーの発展について自身の見解を示しました。
こうした活動は、2026年になってもサッカー解説者として継続的に発信していることを示しています。
スクール指導や育成年代のサッカーにも携わる
指導者としては、2021年3月にATSサッカークラブの代表に就任した経歴があります。
株式会社ティアラ・7のプロフィールには、KNJでのスクール指導や大人向けサッカークリニックの開催なども記載されています。また、INAC神戸スクールでは2022年から2025年までコーチを務めた経歴が紹介されています。
日本サッカー協会公認B級コーチの資格を持ち、選手として培った経験を次世代に伝える立場でもあります。
トップレベルで戦ってきた経験を持つ指導者が、子どもたちや一般のサッカープレーヤーに技術を伝えることには、大きな意味があります。
株式会社ティアラ・7を設立し美容分野にも挑戦
大竹さんの現在を語るうえで見逃せないのが、サッカー以外の事業活動です。
2022年9月28日に株式会社ティアラ・7を設立。2023年には、自身が長年こだわってきた日焼け止めの経験を生かし、美容ブランド「N SHOOT(エヌシュート)」を発売しました。
きっかけは、現役時代から続けていた紫外線対策です。屋外で長時間プレーするサッカー選手として日焼け止めを使い続けてきた経験を、新しい商品開発に生かしました。
2023年のCHANTO WEBのインタビューでは、10代から日焼け止めを欠かさなかったことや、自分が納得できる製品を作りたいと考えた経緯を説明しています。
さらに所属先のプロフィールによると、2025年夏にはQVCジャパンの日焼け止め部門でリアルタイム売り上げナンバーワンを獲得しました。
サッカー選手から指導者、解説者、そして起業家へ。競技生活で培った経験を別の分野に転用している点は、大竹さんの現在の活動を特徴付ける部分です。
【プロの結論】大竹七未のキャリアから見える3つの特徴
大竹七未さんの歩みを整理すると、単に元女子サッカー選手という肩書きだけでは説明できないキャリアの広がりが見えてきます。
1. 選手として確かな数字を残した実績
最も分かりやすいのは、L・リーグ通算104得点という記録です。日本女子サッカーの歴史において、通算100得点到達の第一号となったことは大きな実績です。
さらに、ワールドカップやオリンピックへの出場、日本代表46試合30得点という記録もあります。国内リーグと国際舞台の両方で結果を残したことが、現在の解説者としての専門性を支えています。
2. 指導者として競技の普及にも関わってきた
現役引退後に大学女子サッカー部の監督を務め、リーグ昇格や全国大会での成績につなげた経験も重要です。
選手としての成功と、指導者としてチームを成長させる能力は必ずしも同じではありません。大竹さんは監督として大学チームを率いた経験を持ち、競技を複数の立場から見てきました。
その経験は、現在の試合解説において、個々のプレーだけでなくチーム全体の戦術や選手起用を分析する基盤になっていると考えられます。
3. 子育てと仕事の両立を考え、事業の幅を広げた
2023年のインタビューでは、長男との時間を大切にしながら生活を支えるため、新しい働き方を考えたことが語られています。
サッカーの監督業は選手やチームへの関わりが深く、時間的な負担も大きい仕事です。そこで大竹さんは、自身の経験や強みを別の分野で生かす起業という選択肢にも踏み出しました。
日焼け止めの開発は、サッカーとは無関係に見えるかもしれません。しかし、長年の屋外競技で得た紫外線対策の経験を商品開発につなげた点では、現役時代の経験が現在の事業に直結しています。
大竹さんのキャリアは、競技引退後も自分の専門性を生かしながら、新しい役割を獲得していくアスリートのセカンドキャリアの一例といえます。
【大竹七未】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大竹七未の旧名は何ですか?
A1:旧名は大竹奈美です。読み方は現在と同じ「なみ」で、以前の活動名として使用されていました。
Q2:大竹七未の双子の妹は誰ですか?
A2:元女子サッカー選手の大竹夕魅さんです。旧名は大竹由美で、元サッカー日本代表の三浦淳寛さんの妻でもあります。
Q3:大竹七未の結婚相手は誰ですか?
A3:元Jリーガーの弦巻健人さんです。2012年4月25日に婚約を発表し、同年6月29日に結婚しました。
Q4:大竹七未に子供はいますか?
A4:2015年10月18日に誕生した長男が1人います。2023年のインタビューでは、サッカー好きな長男の練習や試合を応援していることも語っています。
Q5:大竹七未の離婚理由は何ですか?
A5:2020年夏に離婚したことは本人が2022年4月に公表していますが、具体的な離婚理由は明らかにしていません。過去に夫婦間の問題がテレビ番組で取り上げられたことはありますが、それが離婚の直接的な原因だったと本人が説明した事実はありません。
Q6:大竹七未は2026年現在何をしていますか?
A6:サッカー解説者・指導者として活動しています。株式会社ティアラ・7の代表として美容関連事業にも携わり、日焼け止めブランド「N SHOOT」の展開にも取り組んでいます。
Q7:大竹七未は現在もサッカーを指導していますか?
A7:はい。所属先のプロフィールでは、KNJでのスクール指導や大人向けクリニックなどの活動が紹介されています。育成年代への指導にも関わっています。
まとめ:大竹七未は女子サッカーの実績を生かして新しいキャリアを築いている
大竹七未さんは、読売ベレーザのフォワードとして活躍し、L・リーグ通算104得点、日本代表46試合30得点という実績を残した元女子サッカー選手です。
双子の妹・大竹夕魅さんも元女子サッカー選手で、姉妹そろってサッカー界で活躍してきました。
プライベートでは2012年に弦巻健人さんと結婚し、2015年に長男を出産。その後、2020年夏に離婚しましたが、2022年4月のテレビ出演で公表しています。離婚の具体的な理由については公表されていません。
2026年現在は、サッカー解説や指導を続けながら、株式会社ティアラ・7の代表として美容事業にも取り組んでいます。2026年9月から10月にかけても、女子日本代表の試合分析をスポーツメディアで発信しており、サッカー界とのつながりは続いています。
大竹七未さんの歩みで注目したいのは、現役時代の実績だけでなく、引退後も指導者、解説者、起業家と活動の幅を広げてきたことです。選手として培った経験を新しい仕事に生かしながら、母親としての生活も大切にする。その多面的なキャリアこそ、2026年現在の大竹七未さんを理解する重要なポイントです。
主な取材・確認資料
- 株式会社ティアラ・7「代表者プロフィール」
- エクステンション「大竹七未プロフィール」
- 日刊スポーツ(2012年4月25日、婚約報道)
- スポニチアネックス(2022年4月21日、離婚公表報道)
- CHANTO WEB(2023年7月25日、本人インタビュー)
- フットボールチャンネル(2026年9月30日・10月3日、なでしこジャパン分析インタビュー)
- スポニチアネックス(2025年8月12日、双子姉妹のテレビ出演報道) (出典: 大竹 七 未(Yahoo!ニュース))